MIT留学でダニエル一家は何を思ふ
三十路ダニエルがMITで勉強する意味はあるのか/二重国籍者の留学とは何なのか/ハンドボールについて何を思ふのか/アメリカ・日本について何を思ふのか
プロフィール

ダニエル

Author:ダニエル
ダニエル(夫):MITエンジニアリング修士課程に社費留学中、アメリカ生まれの二重国籍、趣味ハンドボール、レッドソックスにわかファン
サクラ(妻):米国企業の日本法人を辞めて渡米、でもアメリカ苦手、2年間で好きになれるか
ハロルド(長男):ダニエルに外見も中身もうりふたつ、慎重派な3歳児
ジョン(次男):ハロルドの若かりし頃にそっくりの、ボストン生まれのハッピーボーイ

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MIT留学プラスだったこと「2007年にボストン留学できたこと」
私の留学は2006年初夏からの2年間でした。渡米直後の慌しさも落ち着き、MITの授業にも慣れ始めた頃から、2007年のボストン4大スポーツ大躍進が始まりました。

以前からポストしてきたように、ボストンの2007年シーズンは目覚しいものでした。

その2007年にボストンに滞在できて、ボストンのチームを応援できたこと。

何よりの思ひ出です。
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【レッドソックス】

2006年: プレーオフ進出ならず
2007年: ワールドシリーズ優勝!
2008年: プレーオフで敗退


↑幸運にも観戦できたワールドシリーズ第2戦

【ペイトリオッツ】

2006年: プレーオフで敗退
2007年: レギュラーシーズン16連勝後にスーパーボールで敗退
2008年: プレーオフ進出ならず


↑ディビジョナルプレーオフ第2戦

【セルティックス】

2006年: プレーオフ進出ならず
2007年: ファイナル優勝!
2008年: プレーオフで敗退


↑カンファレンス・セミファイナルのイントロ


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MIT留学プラスだったこと「ボストンに住めたこと」
ボストンにMITがあって良かったです。ボストンに住めて、本当に良かったです。

ボストン在学中もそんなポストをしていましたが、やはり再度ポストせざるを得ません。

つい最近、村上春樹の「うずまき猫のみつけかた」を図書館で借りて読みました。この本は、村上春樹がボストン・ケンブリッジ市に2年間住んでいたときの滞在記です。村上春樹もボストンが好きであることを伺わせるとともに、そのすべてが懐かしいものでした。我が家の保存版に、この本を購入しようと思っています。

あの村上春樹がいうのだから、ボストンは素晴しい街なんでしょう。

ボストンは、京都のようで、大阪のようで、そんな街だと思います。

京都のように歴史があります。大阪のように何でも揃っている大都市です。そして、身近にある更なる大都市(ニューヨーク・東京)をライバル視しています。

東京の郊外育ちの私ですが、そんなに東京や地元に愛着があるわけではありません。ボストンに住んでしまうと、何だかつまらない場所で育ってきたな、と考えたりしています。



↑ アメリカ独立記念日のチェストナットでのボストンポップスのコンサート
MIT留学プラスだったこと「いろいろ旅行できたこと」
帰国してから1年が経とうとしています。日々の仕事に追われるあまり、このブログも中途半端な状態で終わっていましたが、日々の仕事に追われれば追われるほど、2年間の留学生活がとにかく貴重な経験に思へてなりません。記録をしっかり残しておきたい。残しておくべきだ。もう少しポストしておきたいと思います。

留学して良かったこと、それはいろいろと旅行できたことです。

決して旅行好きという訳ではありません。ただ、秋に1週間、冬に2ヶ月、春に1週間、そして夏に3ヶ月もの休みがあるとなると、「せっかくアメリカにいるし、旅行でもするか」、という気になるものです。

子連れの我が家は、それほど豪快に旅行できた訳ではありません。

それでも、留学しなかったら行かないようなところに、かなりの頻度で行くことができました。

記録として、2年間の旅行先をまとめておきたいと思います。

2006年8月23~27日 ケンタッキー&オハイオの旅

私の生まれたケンタッキー大学を、物心ついてから初めて訪れました。ケンタッキーは、サラブレッドとバーボンはありますが、それ以外には何もないところです。たとえ生まれた場所であっても、今回の留学がなければ、まず訪れることはなかったでしょう。貴重な経験でした。シンシナティには、大学時代の友人を訪ねました。異国の地での再会は楽しいものでした。

2006年12月20~22日 ニューヨーク旅行

初めてのニューヨークは、クリスマス前でした。自由の女神、エンパイアステートビル、グランドゼロ、MOMA、セントラルガーデン、そしてロックフェラービルなどのクリスマスのイルミネーションを楽しみました。ニューヨークデビューでした。

2007年1月7~11日 フロリダ旅行

ボストニアンが冬の寒さを避けるために、フロリダに南下することはよくあることのようです。そこで、ディズニーワールドに行きました。航空宇宙を勉強していたので、一応ケネディの宇宙センターにも行きました。とにかくディズニーワールドの規模の大きさに圧倒されました。

2007年1月14~16日 ワシントンDC旅行

会社の会議があるということで、ワシントンDCを訪れました。航空宇宙を勉強していたので、一応スミソニアンの航空宇宙博物館を訪れて感動しました。そして、ホワイトハウスにワシントン記念塔。ワシントンDCデビューでした。

2007年1月24日~2月4日 ヨーロッパ・ハンドボール世界選手権観戦旅行

ドイツでハンドボールの世界選手権があるということで、観戦にでかけました。ボストンからヨーロッパなら近いだろう、ということで。ボストン→アムステルダム、ユトレヒト→ハンブルク→アムステルダム→ブリュッセル→アムステルダム→ボストン、と移動に大忙しの旅でした。本場のハンドボールに感動したことはもちろんですが、アムステルダムも素敵な街でした。運河に、ゴッホ美術館に、アンネフランクの家。歴史がある街は素敵です。

2007年3月26~30日 ジャマイカ旅行

リゾートというこで、ジャマイカに行きました。オールインクルーシブのホテルで、ほとんどホテルに滞在しました。半日だけモンテゴ・ベイの観光ツアーにも参加しましたが、いわゆるバスツアーで、買物ばかりさせられました。これだったら、ジャマイカでなくてもよかたかな、という感じです。

2007年5月23~31日 カナダ東部旅行

やはり、ナイアガラの滝に行かなければならない。それなら、トロントも、モントリオールも、ケベックも。さらには、赤毛のアンの家があるプリンスエドワード島にも行かなければならない。ということで、こちらも移動の多い旅行でした。ナイアガラの滝は、たしかに素晴しい光景でした。ただし、今思うと、あまりコストパフォーマンスの良い旅ではありませんでした。

2007年6月14~16日 ニューヨーク旅行

2回目のニューヨーク旅行は、車で行ってみました。片道4~5時間程度。運転だけで疲れました。ヤンキース観戦で松井をみて、メトロポリタン美術館を訪れて、そして、ブロードウェーでライオンキングを観劇しました。ヤンキースタジアムは、この年を最後に新しいスタジアムに代わりました。


2007年6月27~30日 ケープコッド旅行

マサチューセッツ州東端のケープコッドを訪ねました。ケープコッドは、ケネディ一家も別荘を構えている避暑地です。冬はフロリダへ南下して、そして夏はケープコッドで避暑、そんな優雅なボストニアンを真似してみました。

2007年12月19~22日 ニューヨーク旅行

義母が訪ねてくれるということで、ニューヨークで待ち合わせました。定番に加え、オペラ座の怪人を観ました。何より、このニューヨークが次男の初旅行でした。生後4ヶ月。ニューヨークの満員の地下鉄で大泣きされたことは、よい思い出です。

2008年1月5~9日 マイアミ旅行

2年目のフロリダは、マイアミとキーウェストにしてみました。マイアミでレンタカーを借りて、セブン参るブリッジを通って本土最南端のキーウェストへ。そして、エバーグレーズ国立公園も散策。やはり常夏のフロリダは素敵です。

2008年1月16~18日 ワシントンDC旅行

再び会社の会議ということでワシントンDCへ。ホロコースト美術館、リンカーンメモリアルやアーリントン国立公園に足を運びましたが、スミソニアン航空宇宙博物館別館で本物のスペースシャトルを見ることができたのは感動でした。でも、ワシントンDCは、この2回で十分かな。

2008年3月23~28日 カンクン旅行

日本人留学生の定番、カンクンを訪れました。食事が充実していて、そして美味しくて、何よりでした。長男と一緒に、イルカと握手してきました。

2008年5月25日~6月2日 グランドサークル旅行

最後の旅行は、アメリカ国立公園を回るグランドサークル旅行でした。ラスベガスからスタートして、グランドキャニオン、モニュメントバレー、アンテロープキャニオン、レイクパウエル、ブライスキャニオン、ザイオンキャニオン、そしてラスベガスに戻りました。長いドライブ旅行でした。



こうやって振り返ると、よくこんなに旅行したものだと思います。もうしばらくは良いかな。お金もかなり使ったことだし・・・

テーマ:留学 - ジャンル:海外情報

MIT留学プラスだったこと 「WESTGATE寮に住めたこと」
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↑WESTGATE の LOW RISE のG1 の入り口です

MIT留学でプラスだったこと、そのひとつは、オンキャンパスの寮であるWESTGATEに住めたことです。MITには、家族寮がふたつあります。ひとつは、EASTGATE、もうひとつは、WESTGATEといいます。さらに、WESTGATEは、ワンベッドルームが中心の高層アパートのハイライズ、ツーベッドルームの低層アパートのローライズに分かれています。私は、このWESTGATEのローライズの方に2年間住んでいました。

WESTGATEに住めて、本当に良かったと思っています。

1.家賃が安い!

WESTGATEの家賃は、月々1,300ドル強、駐車場代を含めても1,400ドル程度だったと思います。ここは、ボストンです。家賃の高いボストンです。1,300ドルでツーベッドルームの部屋など借りられません。しかも、寮内ではテレビは無料で見られ(オフキャンパスではケーブルテレビを契約するのが一般的なようです)、インターネットも無料(やはり、オフキャンパスではインターネットの契約をするようです)で学内のものを利用できます。経済的にやさしい寮でした。

2.オンキャンパス!

WESTGATEはその名の通り、大学の西端に位置します。それでも、私のオフィスまで歩いて15分程度、シャトルバスも20分おきに運行されています。ぶらっと寮に帰り、昼ごはんを家族と食べることもよくありました。夕方には、子供が、大好きなシャトルバスに乗り、私を迎えに来てくれることもよくありました。キャンパスから遠いところに住まいを構えていては、このようにはならなかったでしょう。とにかく便利でした。

3.インターナショナル!

WESTGATEのハイライズは180世帯ほど、ローライズは60世帯ほどだったと思います。そのうちの日本人世帯は、圧倒的に少数です。日本人は、ハイライズに3~4世帯、ローライズに3~4世帯でした。特に、子持ちの日本人家族というと、それこそWESTGATE全体で3~4世帯しかいませんでした。

オフキャンパスには、多くの日本人が集う高級アパートもあるようです。そういうところでは、日本人でも、お互いのことを知らない、などという状況もあるようです。しかし、WESTGATEは違います。日本人、ということだけで、WESTGATEの日本人は、自然と皆が団結します。

そして、日本人との付き合いだけではやっていけないので、否が応でも周りの日本人以外と付き合うことになります。アメリカ人、中国人、インド人、韓国人、カナダ人、等々。

妻子の外国人の友達は、WESTGATEの人間ばかりです。WESTGATEに住んでいなければ、我が家はインターナショナルからは程遠い生活を送っていたことと思います。

4.イベントが多い!

WESTGATE寮では、多くのイベントがありました。ハロウィン、クリスマス、イースター等々。さらには、定期的に各国の料理教室が開かれていたり、子供のジムのクラスなども開かれていました。いずれも、決して豪華なイベントではありません。手作りなイベントでした。でも、特にハロウィンやイースターなどは、我々にとってとても楽しいイベントでした。

5.プレイグラウンドがある!
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↑WESTGATEのプレイグラウンド

WESTGATEの真ん中には、子供が遊べるプレイグラウンドがあります。地面にはウッドチップが敷き詰められ、ブランコに滑り台、砂場に鉄棒、と何でもあります。嬉しい点は、さまざまな小物がプレイグラウンドに備えられていることです。ボールに三輪車に、スコップにバケツに。手ぶらでグラウンドに出れば、遊ぶものに困ることはありません。

オフキャンパスでは、子供を遊ばせる場所に困る、という話も聞いたことがあります。遊びに行くにしても、オムツにドリンクをもって大荷物で公園に出かけるということもあるようです。我が家は違いました。子供にとっても何よりだったと思います。

6.フェンウェイパークに歩いて行ける!

フェンウェイパークまで、歩いて30分程度です。フェンウェイパークでの試合終了後、ほろ酔いで、混雑している地下鉄の入り口を横目に、夜風にあたりながら、チャールズリバーを渡って自宅に歩いて帰る。何よりの幸せな瞬間でした。


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たしかに、マイナスだった点もありました。最寄の駅まで、歩いて30分弱かかりました。シャトルバスが運行していれば良いのですが、夜間や早朝などは、頑張って歩いたり、タクシーを使わざるを得ませんでした。また、WESTGATEは築60年以上の古いアパートです。いろいろなところが、ボロボロでした。トイレもよく詰まったりしました。

でも、今思えば、プラスだった点に比べれば微々たるものです。

もう一度MIT留学できるのだったら、再度WESTGATEに住むことを選ぶと思います。

MITに留学するような人がいれば、WESTGATEに住むことをお勧めすると思います。

テーマ:留学 - ジャンル:海外情報

MIT留学プラスだったこと 「家族との時間をつくれたこと」
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この2年間、非常に多くの時間を家族と過ごすことができました。何よりのプラスでした。

毎朝、朝ごはんを一緒に食べました。渡米前は、早い時間に家を出なければならなかったこともあり、出勤時には息子は寝たままでした。

毎夕、夕ごはんを一緒に食べました。渡米前は、考えられないことでした。私が帰宅した際には、息子はすでに寝ていました。

ときどき、昼ごはんさえも一緒に食べました。渡米前は、ありえないことでした。

長男は1歳半で渡米し、3歳半で帰国します。この、いわゆる一番大事な時期に、母だけではなく、父ともべったりの生活を過ごしました。息子の成長過程に、私が大きな影響を与えてしまったことは否定できません。すごい大物になったら、「それはアメリカ滞在時にパパが常に一緒にいたからだよ」、と言いたくなるぐらいです。逆に、器の小さい人間になってしまったら、それこそ私の責任かもしれません。

次男は、こちらで誕生し、帰国時には9ヶ月になります。次男の成長過程への私の影響は、小さいものかもしれません。ただし、寝返りして→ハイハイして→つかまり立ちして、という成長めまぐるしい時期に毎日多くの時間を一緒にいられたことは、ただただ感謝するばかりです。

一緒にいられただけではありません。

この留学は、我々家族にとってもチャレンジでした。試練でした。これを乗り越えることで、家族の絆が強くなったことは間違いないと思います。

この留学、我家にとってプラスでした。(心配は状況が一変する帰国後です。)

テーマ:留学 - ジャンル:海外情報



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