MIT留学でダニエル一家は何を思ふ
三十路ダニエルがMITで勉強する意味はあるのか/二重国籍者の留学とは何なのか/ハンドボールについて何を思ふのか/アメリカ・日本について何を思ふのか
プロフィール

ダニエル

Author:ダニエル
ダニエル(夫):MITエンジニアリング修士課程に社費留学中、アメリカ生まれの二重国籍、趣味ハンドボール、レッドソックスにわかファン
サクラ(妻):米国企業の日本法人を辞めて渡米、でもアメリカ苦手、2年間で好きになれるか
ハロルド(長男):ダニエルに外見も中身もうりふたつ、慎重派な3歳児
ジョン(次男):ハロルドの若かりし頃にそっくりの、ボストン生まれのハッピーボーイ

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MIT留学プラスだったこと 「研究室に所属してデスクをもらえたこと」
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↑オフィスの入り口。"Software Engineering Research Laboratory"は昔の名称です。

この2年間は、指導教授ナンシー・レベソンがディレクターをつとめるコンプレックス・システムズ・リサーチ・ラボCSRLという研究室に所属していました。そして、私専用のデスクがアサインされ、パソコンが貸与されていました。

まず、ラボについて。

こちらでは、必ずしもすべての学生がいわゆる「ラボ」に所属するという訳ではありません。ラボとしての活動を重視していない教授も少なからずいて、そのような教授に指導を受けている学生は、どこのラボにも所属しないことになります。ナンシーは、CSRLのディレクターでした。ので、指導教授を引き受けてもらった段階から、私はラボの一員になりました。

ラボに所属していて、良かったと思います。

同じことを勉強している学生と知り合うことができました。履修する授業も重なることが多かったため、互いに助け合ったりしました。ラボの活動の一部である「コロンビア・ミーティング」なるものにも出席させてもらえました。ためになりました。

正直なところ、フラストレーションを感じることもありました。CSRLは、学生5,6人の小さなラボです。アメリカ人(+カナダ人)ばかりです。そして、決して仲の良いラボということもなく、皆それぞれが勝手に研究しています。ごく稀に皆でランチを食べたり、飲みに行きました。そんなものでした。必要なこと以外、お互い会話しない、そんな雰囲気のラボでした。もっと雰囲気のよいラボだったらな、とか、アジア系の学生がいたらな、とか、常に思っていました。

でも、ラボに所属しないよりは、遥かにベターでした。このフラストレーションも、私を人間として成長させました。

次に、オフィスについて。
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↑私のデスクは左端。常に乱雑なオフィスです。

日本の大学では、キャンパスにデスクを与えられることは当たり前のことかもしれません。しかし、こちらでは少々事情が違います。指導教授から金銭的援助を受けているリサーチ・アシスタント(RA)を兼ねている学生については、まずオフィスにデスクをもらえるようです。逆に、RAをしていない学生については、オフィスをもらえることは稀だと思います。こちらでは、私と同じで社費で留学し、RAをしていない日本人学生がたくさんいますが、そのほとんどはデスクをもらっていません。図書館で勉強したり、プログラムの共用スペースで勉強したりしているようです。

その点、私は非常にラッキーでした。オフィスに、机に、パソコンが与えられました。

朝オフィスに出向き、授業があれば授業を受けに行き、オフィスに戻り、夕方帰宅する、そんな生活を2年間過ごしてきました。便利でした。

このオフィスには、3つのラボが同居していました。この3つのラボ、お互いに仲が悪くて、ろくに挨拶もしなかったりします。でも、私が慣れただけかもしれませんが、最近はだいぶ雰囲気が良くなってきたような気がします。快適でした。

ラボにも所属しないで、オフィスもなかったら、私の留学生活はさぞ孤独であっただろうと思います。そう思うと、ぞっとします。プラスでした。

テーマ:留学 - ジャンル:海外情報

MIT留学プラスだったこと 「レベルの高い授業を受けられたこと」
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↑最後の授業は、この建屋でした

「たくさんの」、とは言いませんが、さまざまな授業を受けることができました。

最近でこそ授業を受けるのが当たり前になって新鮮味がなくなってきていますが、入学当初は久しぶりに受ける授業の楽しさに感動したものでした。楽しかったばかりではなく、授業で学んだことがらは、帰国後の私の仕事に役に立つだろうと確信しています。

しかも、ここはエンジニアリング最高峰と言われるMITです。

日本では国立の大学の方が評価されている観がありますが、アメリカでは圧倒的にMITのような私立大学の方が評価されているようです。その結果、たくさんのお金を集められるのは私立大学で、そのお金を使って州立の大学の著名な教授をひっぱてくるようです。ですので、MITなどには著名な教授ばかりが集まり、州立大学は教授の引き留めに必死だ、という記事を読んだことがあります。

他の大学と比較することなどできないので実感がわきませんが、おそらく「世界最高の授業」を受けることができたのでしょう。そう思いたいと思います。

記録として、私が受講した授業をまとめておきたいと思います。↓

16.355 Software Engineering Concepts (N. G. Leveson)

指導教授ナンシーの授業でした。セイフティ・クリティカルなソフトウェアの開発が如何に難しいか、というテーマについて、さまざまな角度から掘り下げていくものでした。毎週の大量のリーディングを踏まえ、授業の半分は皆でディスカッションというものでした。英語のできない私がディスカッションに加われるわけもなく、非常に苦労したのを覚えています。「日本人は仕事帰りに飲みに行く機会が多いので、職場での人間関係がよい」と発言したら、皆の注目を集めたのが良い思い出です。

16.453 Human Factors Engineering (L.R. Young, M. L. Cummings)

人間工学の授業でした。ヤング教授は、アポロ計画にも携わったアポロプロフェッサー、カミングス教授は、ネイビー女性初のF15パイロットという経歴の持ち主です。この科目は学部生と共通になっていて、大学院生には、最後にプロジェクトが課せられました。毎回航空関係の事故の調査報告書を読み一枚モノを提出、グループプロジェクトが5回程度、クイズが2回、そして大学院生は加えて最終プロジェクト、と鬼のような授業でした。この授業のワークロードが、一番厳しかったと思っています。学部生は、いつもこんな授業に耐えているんですね。感心してしまいます。

16.863 System Safety (N. G. Leveson)

指導教授ナンシーの授業でした。ソフトウェアを利用した大規模複雑なシステムの安全をどのように確保するか、というテーマの授業でした。NASAのState Analysisという手法を勉強したり、BPのテキサスでの油田事故を分析したり、アメリカネイビーの安全に対する取組みの講義を聞いたり、さまざまな業界の取り組みを勉強できたことが何よりでした。受講生のほとんどは、私のように実際にエンジニアとして働いている人でした。セイフティを勉強したい若い学生なんて、いないんです。これが問題です・・・。

1.151 Probability and Statistics in Engineering (D. Veneziano)

私の専攻では、「数学っぽい授業」を2つ履修しなくてはならず、この授業はその「数学っぽい授業」にカウントされるので履修しました。リスクをどのように数量的に扱うか、というものでした。地震などはどのようにモデル化するのか、コンポーネントの信頼性はどのように変化するのか、等々。久しぶりに数学っぽいことをして、楽しかったです。レポート10回にファイナルクイズ。非常に勉強になりました。

15. 874 System Dynamics for Business Policy (K. Tompson)

指導教授のナンシーは、システム・ダイナミクスを用いてセイフティを分析することを提唱しています。ので、システム・ダイナミクスは何かを勉強するために履修しました。この手法はMITで開発され、MITビジネススクールでの名物授業のひとつのようです。各人の頭の整理のためには非常に役立つ手法だと思いますが、このモデルでシミュレーションをして解析する、という案については少々懐疑的です。まだまだ私の理解が浅いだけかもしれませんが。ビジネススクールに紛れ込むことができて、楽しかったです。

16.861 Engineering Systems Analysis for Design (R. de Neufville)

Uncertainty のあるシステムの開発にあたってはリアルオプションという手法を使おう、という授業でした。理解できたような、理解できなかったような、正直なところ何とも消化不良な授業でした。特にコメントできません。

16.76 Logistical and Transportation Planning Methods (R. C. Larson, A. R. Odoni, A. I. Barnett, J.B. Orlin)

数学っぽい授業としてカウントする2つ目の授業でした。MITの得意分野のひとつがオペレーションリサーチであるということを聞き、そして、そのオペレーションリサーチのなかでもこの授業は歴史もあり非常に有名、ということで、半分ミーハーな気持ちで受講したものでした。甘かったです。非常に難しかったです。毎週の課題の前日は、ほとんど寝ることができませんでした。ひとつの問題に対して、学生たちがさまざまな解法を提案して、ディスカッションしていました。これが本当のMITなんだな、と実感した授業でした。私なんて、MIT生からはかけ離れています。

16.862 Engineering Risk Benefit Analysis (G. E. Apostolakis)

エンジニアリングのリスクをどのように扱うか、という授業でした。非常にオーガナイズドされた授業でした。Probability Risk Assessment, Decision Analysis, Cost-Benefit Analysis を勉強しました。これらの手法はあくまで議論を進めるためのはじめの一歩であって、その後のDeliberationが重要、そして、最後は偉い人の鶴の一声で決まるものなんだよ、という教授の苦笑いが印象的でした。
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MIT留学プラスだったこと 「ナンシーの指導で論文が書けたこと」
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本日論文を提出してきました。

MITに留学して何より良かったこと、第一に挙げるべき点、それはナンシー・レベソン教授の指導のもとで論文を書けたことです。

ナンシー・レベソン教授は、ソフトウェアの安全性という分野に関してはパイオニア的な存在です。その教授に、論文の指導を受けることができました。あいにく今年度の彼女はサバティカルでしたのでメールでのやり取りが主になりましたが、彼女からレター用紙3枚ほどの私の論文に対するコメントが返ってきた際には、そのコメントに感謝すると共に、本当に卒業できるか心配になったものでした。

論文だけではありません。ナンシーの授業全2つも履修しましたし、彼女が主宰するコロンビア・ミーティングにも参加させてもらいました。また、彼女からは様々な業界の情報がメーリングリストで頻繁に送られてきました。私がもっと英語が堪能で、そして、もっとディスカッションする機会があれば、なお良かったこととは思います。でも、欲を言ったら切りがありません。"State of the Art"な彼女の主張やアイディアを十分に理解できました。

私の勉強したいテーマと彼女の専門が、すばらしく一致していた点が幸いでした。なかには、自分の興味と指導教授の専門がまったく一致していない学生の話もよく耳にします。教授に金銭的な援助を求めている場合には、そのようなケースになることも多いようです。その点、私は彼女に指導を引き受けてもらえて、非常にラッキーでした。もし彼女に指導を断られていたらと思うと、ちょっとぞっとします。

自分の興味のある分野で著名な教授に指導を受けられました。何よりプラスでした。

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MIT留学100パーセントが終わろうとしています
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本日は午前中にMIT最後のクイズ、午後にMIT最後の授業がありました。私のMIT留学も、100パーセントが終わろうとしています。残すは、論文を提出するのみです。

「居心地が良くなってしまった」、という表現がピッタリだと思っています。

2年も過ごせば、学業の面でも日常生活の面でも、要領を把握するものです。また、人間関係が落ち着いてきたのも、大きな要素かもしれません。相変わらず授業の課題や論文に追われる日々でしたが、それでも非常に居心地の良い日々を過ごしています。

ただ、最近は刺激が少なくなってしまったのも確かです。

入学当初は授業を受けることが新鮮で、それこそ真剣に受講していました。しかし、最近は「馴れ」が生じてしまい、授業に対するモチベーションが大きく低下していることは否定できません。「テストで点が取れればいいや」、とか、「テストの点も、どうでもいいや」など・・・。日常生活でも、渡米当初は食材を買出しに行くだけで楽しいものでしたが、最近は何の楽しみも感じません。

そのような意味では、このタイミングでの帰国がよい、と思っています。

あと1年でも2年でも留学生活を続けていられれば、それは居心地の良い、楽しいものになるでしょう。しかし、今後留学生活を続けたところで、人間として社会人として、そしてエンジニアとして成長できるペースは、明らかに鈍ってしまうと思います。

このように自分に言い聞かせて、帰国の途につきたいと思います。

今後数回にわたり、MIT留学でプラスだったこと、マイナスだったこと、を総まとめとしてポストしておきたいと思います。

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セルティックスのプレーオフでチケットブローカーを思ふ
4月20日、バスケットボールNBAの2008年プレーオフ・ファーストラウンド第1戦、ボストン・セルティックス対アトランタ・ホークスの試合観戦に、TDバンクノースガーデンに行ってきました。
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ファーストラウンドとはいえ、NBA1位の勝率でプレーオフ参加を決めたセルティックスには格下のホークスが相手とはいえ、何より、この日はプレーオフです!会場は、レギュラーシーズンの雰囲気とは大きく異なるものでした。観客も豪華でした。左から、マイク・ローウェル、ダスティン・ペドロイア、デービッド・オルティス、レオナルド・ディカプリオ!、ケビン・ユーキリス、ジョン・ヘンリーでした。
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今回は、TicketReserve(現在はFirstDBZ)というシステムを利用してチケットを購入しました。これは、なかなか考えさせられるものでした。

システムは至極簡単です。「セルティックスがプレーオフ・ファーストラウンドに出場した場合、第1戦のチケットを定価で購入できる権利」を1月に購入しておきました。31ドルでした。セルティックスがプレーオフ出場を逃した場合にはこの31ドルは返ってこないわけですが、1月にはプレーオフ出場がほぼ決まっていたので購入したものでした。

このチケットリザーブというシステムは、最近導入されつつあるようで、昨年のペイトリオッツのスーパーボールのチケットも、500ドルからリザーブできたようです。

特徴は、このチケットリザーブの権利は需要と供給で価格が決まり、そして、簡単にチケットリザーブの権利を転売できることです。31ドルは開始値で底値でしたが、一時期は95ドル程度で売買されていました。そのとき私が転売していれば、手数料を引かれたとしても、2枚合計で100ドル程度の利益を上げることができたものでした。

利用した私が言うのもおかしいですが、こんなシステムありでしょうか?

すべての根源は、一大ビジネスを築いているアメリカのチケットブローカーだと思います。

こちらでは、一般の我々でも、その気になれば手持ちのチケットをブローカーに簡単に売ることができます。レッドソックスのチケットの発売日には、多くの人がオンライン購入に殺到します。おそらく、ブローカーを経由すれば簡単に転売できるので、転売目的で購入しようとした人も多くいたのではないでしょうか。おかげで、今年は私もチャレンジしましたが、朝から始めて、チケットを購入できたのは夕方でした。

転売目的で購入する人が多くいるからチケットが入手しずらくなり、その結果、このようなチケットリザーブの制度の需要が生じるのでしょう。そして、チケットリザーブの制度も、ブローカーにならい、どんどん転売を煽るようなシステムを構築してしまう。

我々一般人にとっては、悪循環なだけです。

結局のところ、このような世界で得をするのは、ブローカーから普通にチケットを購入できる一部のお金持ちの人々と、チケットの転売で儲けようとする不純な一部の人々だけです。お金持ちを優遇するアメリカの一面を見せられている気がします。

アメリカのスポーツビジネス、ここだけは反対です。日本のスポーツ観戦は、このようにならないことを心から願います。

この日のセルティックスは、104対81で快勝。正直なところ、快勝すぎて、試合としてはあまり楽しいものではありませんでした。これが私の最後のNBA観戦で良いのか、いや、プレーオフのセカンドステージに行くべきなのか、いろいろと考え中です。

テーマ:NBA - ジャンル:スポーツ



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